『オバタリアンと言われた時代』と今の女性→男性攻撃の関係性について
オバタリアン
庶民的であつかましいオバサンを描いた、堀田かつひこ原作のマンガ作品。転じて、あつかましいオバサンの代名詞にもなった。
以上がオバタリアンの解説です。
フジテレビのゴールデンの時間帯で、90年代『わてら陽気なオバタリアン』と言って一つの番組としてオバタリアンの特集をしていた事がありました。
(決してフジテレビを敵視しているわけではありません。)
番組中対象の取材女性が「バカにされてる」と話した事がありましたたが、今では考えられない話です。
しかし現在、もちろんオバタリアン番組ほどにはならないと思いますが、おっさんやおじさんの世代に限らず男性全体が攻撃されているコーナーが多いのが、テレビの番組表を見ればよく分かります。
また前回、私は
にて『よく言われているように男尊女卑ならぬ男卑女尊の現実になっているのが世の中』と書きましたが、
『今人気のイケメン○○に女性モデル△△がダメ出し連発!?』
と言った内容の見出しを、見たことはない人はいないはずです。反対に『女性に男性がダメ出し連発』は殆ど見た事はありません。
オバタリアンみたいなテレビ番組は無くなっても、男性を攻撃するコーナーはあると言うのは近しいのではないのでしょうか?
男性もそうやって男性を攻撃するものを作るのは、金になったりそれが仕事だからとかなのですが、これは男性に限らない話ですが自分の身に置き換えていないからです。
例えばアニメが大好きオタクが、今よりも下に見られていたり、オバタリアンの言葉が浸透していたように、自分がもし差別されている側ならと考えていない確率が高いはずですし、その2つの時代を知らないなら尚更になります。
その自分の身に置き換えたらと言うのはキリがないと思いますが、とりあえず差別されてる意識がある事で違う属性の人に優しくなるわけではない(多くの場合)わけです。
しかし差別された過去を受け継いで、差別してきた属性の人に当たりが厳しくなると言うのは存在すると思います。
かつてB国に支配されてきたA国の人間の子供が、親からその話を聞かされてきたのでA国に強い敵対意識を持つと言うのを聞いた事あるのは、私だけではないはずです。
「モンスターペアレントと呼ばれる人は、かつて教師に嫌な思いをされ続けてきた生徒やその子供かもしれない」
と言った仮説をネットで聞いた時、面白いなと思いました。
別に差別とは無関係な人だけど、同じ属性なら攻撃してしまいがちなのが人間だと思います。
これをここでの女性→男性攻撃話に当てはめるなら、
オバタリアンと言われたり社会人として不当に見られてきた親の子供。そう言った記憶を受け継いでるから男性を攻撃してると言う側面が出てくるはずです。
もちろん「差別されてきたから自分も差別」する一辺倒ではなく、逆に優しくなったりもします。
とは言え戦争の話ならまた別になると思いますが、少なくともここで書いてる女性→男性攻撃話みたいに、逆に優しくなる部分のほうが強いわけじゃありません。
また次回は「自分の身に置き換えたらと言うのはキリがない」の方面で話を深堀りしたいと思います。
それとなぜこんなに女性→男性攻撃話に必死になるかと言う人もいると思います。
私自身もそうですし若干引いてはいます。
それでも他の人のそう言う話を探すより、一人の人間の一コンテンツとして書いた方が実入りが良いからです。
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