世の中の物事を自分達だけで判断すると言う事
集団で出した判断が必ずしも、正しいとは限りません。またその対象の本質などを正確に言い当てているとは限らないとも思います。
例えば会社ならその会社にあるルールで物事を判断するかもしれませんし、仲の良い人達なら同じ価値観が集まってるはずなのでその価値観で人などを判断していると思われます。
クラスに色んなことに気が利く人がいても、その人を疎外している仲の良い集団にとっては、その人が上手く溶け込めない事から「気が利かない人」になるかもしれません。
また会社や仲の良い人でもないですが、サッカーでこれはファールじゃないだろうと思われるものが、複数の審判でファールになるのはよくあります。
複数の価値観やルールで見ていると言うことでもありますし、プロだからと言って必ず正確に判定出来るわけではないから、VARが生まれたはずです。
しかしそう言った集団以外の外部の人達が、判断した方が良いか?と言ったらそう言う風に出来ないことも多いです。
会社なら自分達の古い顧客データを残すか?捨てるか?の判断を、社外に意見を求めるわけにはいきません。
ですがせめて、この自分達の判断は自分達の価値観やルールで判断したものと考えた方が良い気がします。
時折そう言った自覚のない判断は、他の人達から意見はまるでどうでもいいと見受けられる事があります。
例えば「○○は△ですよ。なぜなら私の友達も同じ事を言っていたから。」としている感じです。
それが生きていくのには楽かも知れませんが、世の中の価値観を狭めるような気がします。
恐らく他の人達からの意見はまるでどうでもいいと思っている事が多いから、理不尽だったり納得のいかない決まりがシステムが、より生まれているのではないのでしょうか?