あるのか怪しい社会人の基礎
世の中の立派な職業に就いてる人とかは、必ずしも性格がしっかりしているとは限らない。
自分がデータ入力をしていた時、そこの研修担当の2人の人に挨拶をしたら、無視された事があった。
他の人達は挨拶を返してくれたのに、同じ大きさで挨拶しても無視と言う事は、聞こえなかったからではない。
自分としてはコンビニのバイトの面接に何度も落ちるなど、今よりも低下層の人間だと思っており、反対に研修指導を任せられる事に尊敬していた。
その彼・彼女は挨拶無視だけではなく実際に疑問を感じるような人でもあり、俺がよく使ってたチャットでその事を言うと「そう言うもんだって」と言われた。
またそれは自分の実体験として俳優・クリエイター(後者はそうやって本人が名乗ってて具体的な内容まで分からないが)もそんな感じだった。
××と言う性格を正さないと立派な人になれないみたいにたまに聞くような気がするが、別にそうでなさそうな人が多いのが常だと、立派に社会人やってる友達の話からでも分かる。
逆に仕事とか就いてない引きこもりな奴でも、きちんとした性格の人がいるんだろう。
世の中はほんと理不尽だなと思う。
つまる所はようは相手に気に入られ続けるか。『しょうがない奴だ』と思われひと目置かれる存在になるかなんだろう。
そこに性格の良さがどうかが大前提にあるようには思えないし、選ぶ相手も自分が完璧な人間と思ってないので共感とかで選んでるとか絶対にある。
下で『今さら聞けない社会人としての100のタブー』と言う本のリンク貼ってるが、そのタブー犯し続けながら金貰い続けてる社会人は多いのだろう。
自分について置き換えても運がないだけかもしれないし(立派じゃない性格でもひと目置かれるわけだから)、どうやったらひと目置かれ続けるんだとも思う。
ずっと続いていたレギュラー案件は、よくクライアントの方が自分の能力を褒めてくれた。
今のはレギュラー案件は基本、批判される事はないが褒められている事もない。ただ最初に嬉しい応対をして下さった。
みんなに語りかけるブログ風に言えば、俺みたいに仕事がないとか悩んでいる人も、そうやって考えても(性格に問題がある人でも仕事を貰う)良いと思う。
ただかけられた期待に応える事はしないといけないはずである。
俺がずっとレギュラー案件を続けられたのは、これがあるわけでその期待に応え続ける部分が弱いのが俺の欠点である。
ただ期待を否定する事も必要となってくる。
例えば友達が『自分が入ってる◯◯教、あなたみたいな人を求めているから、入りませんか?』と言われてその◯◯教が怪しいと感じ続けているなら、その期待は否定した方がいい。
上の例は仕事ではないが、期待は仕事とかプライベートとかあまり関係ない気がする。
『◯◯教に入れば、あなたがやっている仕事でさらに活躍しますよ』もありそうだと思う。
その分自分が孤独になりやすいかもしれないが、変に予期せぬ方向より一歩引いた目になった方がいい。
そして怪しいとは分かってても期待に応える事がないように、多方面で期待されるべきである。